過去の講演で患者様の来院までの症状経過初診時のご様子、診断、治療に分けて 解析したものがございますのでご紹介させていただきます。
(2004年11月 国際ソロプチミスト児島主催の定例講演(会場 倉敷シーサイドホテル)の講演「心の疾患の症例を見る」から 引用させていただきます)
PTSDによるうつの例
海子さん 72歳(仮名)
職業;元保母さん
来院までの症状経過;自分の老後を頼みにしていた長男が5年前、海で事故死。自殺であった可能性もあり、海子さんは、自分が息子の心の救いになってあげられなかったことを責めておられました。気丈に葬儀も済まし、2ケ月もたった頃から不眠ぎみとなられ、食欲も減少し、外出も夫と一緒でないとできなくなってきました。内科の病院で何度検査しても何の異常も認められなかったばかりか、2年ほど前から、全身の関節が痛むようになり、口の中も痛くなったりビリビリとした痺れ感があったり、味覚の異常も起こってきました。今度は外科と歯科通院を始めましたが、異常無いと言われ、回り回って大学病院口腔外科を受診。やっとそこから当院を紹介されることになりました。
初診時のご様子;憂鬱そうな表情ではなく、理知的。食思不振のためひどく痩せているものの、今までの経過をてきぱきと語られ、時には笑顔まで交えてはなされる。寝つきは良好だが、朝まだ暗いうちから目がさめて、その後はもう眠れないと言う。暗闇の中で、遺体発見前の長男のことを考え、「冷たい海の底にじっといたであろう長男の苦しみと自分の今を重ねている。」と語られたのでした。
診断;かけがえのない長男の死を突然受け止めねばならないと言うトラウマを体験した後にひき起こった「PTSDによるうつ状態」。口腔異常感症などの身体症状は出ていますが、表情や喋り方などには、明らかなうつ状態の悲哀感や、ぼーっとしたとか、見るからに鬱々した感じはなく、いわゆる「仮面うつ病」と呼ばれる、見過ごされやすいうつ状態でした。
治療;高齢ですので、抗うつ剤投与は慎重に選択し、少量から始め、支持的精神療法と呼ばれる、患者さんのお気持ちを受容し共感しつつ、「症状は改善する」と希望をもっていただき、決して後追い自殺などの無いよう、ご本人に約束していただきました。そして、彼女が見せる笑顔、分別ある気な理知的な彼女の発言に惑わされること無く、自殺の危険のあることをご家族にもお話し、気を付けて見守っていただくよう注意をさせていただきました。
治療経過;不眠、は食欲不振については早いうちに改善されました。次に全身の関節痛が消失し、将来への希望も語られるようになられましたが、最後まで口腔内の疼痛・異常感が残りました。しかし1年以上もかかって、その苦痛も徐々に減衰してゆかれ、孫の塾の自動車による送迎役までなさるようになられたのでした。